両手に抱えても余る薔薇の花束を、助手席に積んで僕は道を急ぐ。彼女が待つ家へ、夕方の坂を上る。薔薇の花びらに夕暮れの紅が射して、赤でも紫でもないなんとも言えない色を映し出している。さあ、日も沈んだ。ドアをノックしよう。薔薇の花束で、僕の顔が見えないようにして、と。ドアが開いても、僕からも彼女が見えないんだけどね。「あらまあ、薔薇。あなた、ケンジ君ね」「名乗ってないのに」「だって、いまどき薔薇なんて、ケンジ君ぐらいしかいないわよ」透き通るように白いユミの顔が、いつもより輝いている。白いワンピースの彼女は、ひときわ美しい。「今日はどこへ行くの?」「そうだなぁ、夢の国なんてどう?」…続きを読む
「おはよう」係長が大きな声で部屋に入って来た。そのまま、鈴木の席に向かう。「鈴木、昨日のジャイアンツの試合の結果は知ってるな」「は、はい。負けてます」「そうだ、今日の本部長プレゼンは失敗したも同然だ」鈴木は肩を落とす。「やっぱり、そうですよね。これまで何人も…」「そうだ。ジャイアンツが常に勝たなくなって、案件が通らなくなったサラリーマンは、世の中にごまんといるだろう」「はい」係長は鈴木の肩を叩いた。「だが、阪神が負けても動じない開発部部長も今日は同席している。開発部部長中心にプレゼンを展開すれば、道は開けるんじゃないかと思う」「は、はい。やってみます」そこに入って来た課…続きを読む
「俺の嫁が人魚姫っていいよなぁ」「いいのか?まず、基本魚類だよね。呼吸環境が違う」「でも、美人だし」「デートすると、どちらかが呼吸困難だろ」「姫の方に努力してもらうから」「そもそもあの形で、雌とは限らないし」「え、あれで野郎って」「外形がニンゲンの女性に似てるだけだろ。女性という保証は無い。人面魚みたいなもんだ」「それは…我慢する」「雌だとしても、いつ雄になるかわからないし」「え」「環境要因で、性別はいつでもチェンジできる魚類は多いからな。最上位の個体だけ雄だったりする」「見た目が変わらなければ…いいや」「いい感じになったときに、婚姻色でめちゃくちゃ派手になるかも」…続きを読む
ボクには聞こえるんだ。君たちの声が。聞える、聞こえるんだ。君たちの心の声が。ほら、はっきり聞こえる。反対側から自転車でやってくる女子高生からは、『お前、寝癖ひどくね。どんな寝方してんだよ。お前だよ、お前。ばかじゃねーの。モテねえんだろなぁ』すれ違いざまにボクを罵倒する声が。聞えるんだ。隣の改札を通ろうとしているスーツのおじさんは、『あの、くそ上司め。今日こそ殺してやる。今朝、見つけ次第殺してやる』とつぶやいている。眠たそうに見えるけど、心の底ではこんなに怖い事考えてるんだ、このおじさん。ボクは超能力者だ。でも、マンガやアニメで学習したように、超能力を人に見せると…続きを読む
「前席!右前方に機影。」「後席、最適航路を算出。左の谷から回り込む。」「了解、航路算出。HUDに表示した。残弾確認、残燃料少。」「後席!わかってる。最後の一撃になりそうだ。いくぞ!」私は、操縦棹を握りなおした。機体を谷川すれすれに飛ばし、山頂を目指す。「後席!飛び出すぞ。照準のタイミングを外すなよ。」「前席。わかってる。人類最期の攻撃だな。精一杯やるよ。」そうなのだ、私たち2人は人類の最後の2人。少なくとも、今地球上で飛んでいる最後の軍用機のはずだ。「前席!山頂まで、あと3秒」「2・・1・尾根を越え」眩し「前…ダン、おい大丈夫か。」私は、後ろの席のハヤタに肩…続きを読む
ある日、私は杜に迷ってしまった。夜になりお腹も減ってきた。 そんな中、一軒のお店を見つけた。「ココ」はとあるレストラン 変な名前の店だ。 私は人気メニューの「ナポリ・タン」を注文する。 数分後、ナポリ・タンがくる。私は食べる。 ……なんか変だ。辛い。とてつもなく辛い。頭が痛い。 私は苦情を言った。 店長:「すいません作り直します。御代も結構です。」 数分後、ナポリ・タンがくる。私は食べる。今度は平気みたいだ。 私は店をでる。 しばらくして、私は気づいてしまった…… CoCoはとあるレストラン…… 人気メニューは……ナポリ・タン………続きを読む
「これ下さい」山岸晴彦は、早乙女芳江に声をかけた。声を掛けられた時に、後ろに立っていた吉岡弥生の視線が気になった早乙女芳江は、山岸晴彦の声を聞き逃した。「これ、下さい」さらに声を大きくし、山岸晴彦は早乙女芳江に声を掛けた。その手には、”リーフ”が握られている。つい最近、この付近で普及しだした”新型通貨”だ。早乙女芳江は吉岡弥生に促され、山岸晴彦に向きなおした。その顔には、営業スマイルが貼り付いている。「はい、何にしますか」早乙女芳江の前には、早乙女芳江と吉岡弥生の手作りの菓子が並んでいる。ここは、早乙女芳江のお店なのだ。山岸晴彦は、目の前の手作りの菓子を舐めるように見ていた。そし…続きを読む
クリスマスイブの夕方、社宅に着いた途端、電話が鳴った。いや、それまでも何回もかかって来ていたのだろう。「もしもし」「病院へ行く。予定通りだわ」「こっちも向う」妻の一言で、俺は用意していた荷物を確認する。さして重要ではないんだが、病院から出社する場合もあるだろう。「そうだ、ケーキをどうするかだ」社宅の近くに、都心のケーキ屋よりも凝ったクリスマスケーキを販売する、こじんまりとしたケーキショップがある。午前中に作ったケーキは味が落ちるから夕方には売りたくないという主人がいるお店だ。その味が落ちたケーキでも、駅前のケーキ屋より格段においしいので、割引き&おいしいというお得なタルトを妻も…続きを読む
「ねえパパ。お誕生日のプレゼントだけど」久しぶりに娘から声が掛けられたと思ったら、おねだりか。「なんだ?何が欲しいんだ」「エレドッグ」「エレドッグって、本物そっくりっていう、あれのこと?」私は、妻の姿を探した。キッチンで妻は、仕方ないわねぇという仕草をしている。「あれ、高いんだけどなぁ」娘はちょっと眉を上げ、イラついているところを見せる。「だって、このマンションじゃ犬猫は飼っちゃダメでしょ?友達のマヤとかユッコとか、みんなエレドッグ飼ってるし」「エレハムスターとかエレブンチョーじゃだめ?」「ちゃんと子犬から成長させるのって、エレドッグだけじゃない。ちゃんと世話するし、成長キ…続きを読む