リビングのテレビのうえの白い壁に写真付きのカレンダーを貼る。一年365日の数字の上。秋に彩られた黒と白の僕らが佇む。恥ずかしくてちょっと俯いてしまった僕と堂々としている君。「カレンダー?この写真、去年の秋に静岡に行った時の橋?あれ、あの日、カメラ忘れたって言ってたじゃん」「ごめん、あれは嘘。写真嫌いなきみをカメラに納める方法がほかに見つからなかった。あそこで絵を描いていた夫婦にこっそり撮影をお願いしたんだ」「気がつかなかったよ。……懐かしいな。あの時、紅葉に陽の光が当たって綺麗だった。陽がくれるまで橋の上にいたよね」「ああ。よく見えるところに飾ったから一年間、ケンカした…続きを読む
好きな人とふたり 椅子を並べてこの夏の花火をみた。好きな人は隣で夜空に伸びていく蕾に期待して頬杖をつき花開く瞬間に 楽しげな微笑みを浮かべてるあなたは出会った時と何も変わらない歳月は風のように早いけどあなたはあの頃の優しさあふれた佇まいで ただ嬉しくなる今年もまた同じ場所で こうしてふたりで花火をみれたね。そう言い合えるひとの 隣にいる幸せがふとこみ上げてきて 嬉しくなる夏の夜風がふたりのあいだ、抜けていく生ぬるい暖かい甘ったるいクリームのように流れてく暗くなった夜空にまた花が咲く次々と新しい希望が生まれてく今夜はいろいろな場所で恋やら 愛やら…続きを読む
「ねえねえ、好きだよ」「んー何?」「もう、好きって言うといつも聞こえないふりするけど、なんでよ」「それは俺から好きって言いたいからで」「え?」「好きだよ」「……んー何?」「聞こえないふりしたな」笑ってきみに抱きついた視線の先に淡いブルーの花びらが見えた。茎からへし折られても、踏みつけにされても、その茎を土にさして植えればたくさんの花をまた咲かせる紫陽花みたいに何度きみに断られても好きを伝えてきた。そんな梅雨の晴れ間にわたしが咲いた。…続きを読む
今年のクリスマスイブに恋人とプレゼント交換をする。初めてプレゼントの交換をしたのは同じ保育園に通っていた五歳の時。お絵かきが得意だった私は理久が好きだと言っていた戦隊ヒーローの絵を描いてあげた。理久は喜んでくれて部屋に飾ると言ってくれた。「僕からはこれあげる」「何だろう?ありがとう」ニコニコして手を広げると、理久は両手に握っていたものを乗せてくれた。黒くて丸いダンゴムシが五、六匹、うずくまっていた。「きゃーっ」虫がとても苦手だった私は大泣きをしてしまって理久はしおらしく謝ってくれた。「僕ダンゴムシ好きだからマユキちゃん喜ぶかと思っちゃった。ごめんなさい」私を喜ばせ…続きを読む
「あんまり混ぜすぎないで。生クリームが先からモタッと垂れるくらいで大丈夫だよ」そう教えてくれた直さんの指先がハンドミキサーを持つ私の手に添えられて、どきりとした。閉店後。アルバイト先の洋菓子店「HAPPY BITE」の厨房で私は直さんの計画を手伝っていた。それはひかりさんのバースデーケーキをこっそり作ること。ひかりさんはこのお店の店長兼チーフパティシエで、今日が誕生日だ。このお店の人気パティシエである直さんはそんなひかりさんにサプライズでケーキを贈りたいという計画を帰ろうとした私を二週間前に引き留め、近くのカフェにお茶に誘ってくれて話してくれた。直さんが私を誘ってくれたの…続きを読む
川瀬くんは隣の家の尾崎祈《いのり》の親友で、私とは中一から中二の今も同じクラスだ。祈の家とは家族ぐるみの付き合いで母親同士が仲が良く、祈は何かと学校で私にかまってきた。祈と話していると、いつも川瀬くんはすっと私達から離れて窓の外を見たりしながら待っていてくれる。ある朝、登校してきた川瀬くんが下駄箱に一人でいたからさりげなく後ろからおはようって声をかけた。「あ、祈のお友達の馬場さん」「そうです」「おはよ」目の奥まで染みるような笑顔を向けられた時、もぎたてのグレープフルーツを目の前で心臓に向かってぎゅーっと思いっきり絞られて、ふわっと踵が床から浮いたような心地になった。それが彼…続きを読む
「…気持ちいい」思わず漏れ出た言葉に目を閉じていた彼が顔を上げた。とても嬉しそうな顔に愛おしさが増す。「ねえ、今からでも遅くないから、私達、結婚しない?」「…いいのか?」彼は昔と変わらない青白い顔をして、ベッドの上で自分を見上げるありのままの私を見下ろしている。顔は良いのに昔からいつも自信無さげな彼。その後頭部に両腕を伸ばして抱き寄せる。イエスの返事の代わりに触れた彼の唇は血が通っていない吸血鬼みたいに冷たくて、ぞっとした。「やっと私達、ひとつになれたんだもの。 これは運命以外の何物でもない。 すごく嬉しいの、わかる? ねえ、もっとキスしよう?」彼をまっす…続きを読む
いつからか先生の講義を受ける日は、噂で聞いた先生好みの女の人に似せている。いつも履いてく歩きやすいスニーカーから大人っぽいヒールの靴に履きかえる。何もつけない耳たぶに遠くからでもよく目立つような大っきいピアスをつけて。佐伯賢人、大学講師、私の通う大学の英文科の講師で、婚約者がいて、私はただの教え子だ。先生は二十九歳、二十歳の私とは九つの年の差がある。年の差は埋められない。けど、あとどれだけ背伸びしたらあなたの唇に届くだろうかと真面目に講義を聞きながら邪なことばかり考えてしまうくらい先生が好き。ある日、チャンスが訪れた。どうしたら先生の左手薬指のエンゲージリングを外せるだろう…続きを読む
幹事をやれ。部長から高圧的に言われたのはついニ週間前の事。その後、隣の営業部の同期・花蓮《かれん》からも拝まれて断れなかった営業部アシスタントの私。アットホームが売りのうちの会社の営業部の忘年会の幹事をやるということは、”重責”以外の何ものでもない。何しろ第一から十まである営業部を統括する部長はまたの名を”宴会部長”。社長の次男坊で無駄にイケメンであり、芸能人になった方がいいんではないかと噂されている。(やや厄介者扱い?)仕事は出来るが、何しろ人たらしな方で仕事を通してしまう強者だから要らぬ敵がいるやらいないやら。"忘年会スルー”が珍しくないご時世にあって、若干二十九歳にし…続きを読む
私の彼はシューズデザイナーだ。有名な海外ブランドで日本人唯一のデザイナーとして活躍している。そんな彼が私にくれるプレゼントは彼のデザインしたあらゆる靴、多いのは煌びやかなビジューや飾りのついたハイヒール。彼はそれをシンデレラが履いたガラスの靴のように、恭しく私に履かせながら陶酔したように私の足首を見つめながら言う。「足首が好きなんだよね。白くて曲線が美しくて、こうやって触るだけできみだってわかるよ」靴を履いたままでいて欲しいと言って彼は暗闇の中でいつも私を抱いた。彼のデザインした靴以外は何も身につけていない格好の私。彼が愛したいのは私なのか、靴なのか。たまにわからなくて戸惑いな…続きを読む